今日の一曲 〜NAXOS探検隊〜

音楽の杜「NAXOS」を探検するぞ!

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ポルカ・フランセーズ“新生活”   ヨハン・シュトラウス2世

今日はヨハン・シュトラウス2世(1827〜1870)のポルカ・フランセーズ“新生活”だよ

これは1863年のパヴロフスクでのコンサートシーズン※のラスト(9月27日)に初演された曲で
※ 1856〜65年・1869年・1886年、シュトラウス2世は
  5月の初め頃から9月の終わり頃までパヴロフスクで演
  奏活動
をしていたんだ

ロシアで楽譜が出版されたときのタイトルは“Прощальный(お別れorサヨナラ)”だけど

ウィーンの楽譜出版業者カール・ハスリンガー※に楽譜を送るときには既に“Neues Leben(新生活or新しい人生)”と改題した方が良いと考えていたみたい
※ 当時シュトラウス2世とハスリンガーとの間の軋轢は決
  定的なものになっており、ハスリンガーが出版するシュ
  トラウス2世の楽譜は“Neues Leben”で打ち止め
  以後、シュトラウス2世の楽譜はシュピーナ社から出版さ
  れることになるんだ


因みに

ウィーン初演は1863年11月20日、ホーフブルク殿※の“舞踏の間”で開かれた仮面舞踏会で行われたんだって
※ “Hofburg Vienna”へ“ジャンプ”!


ところで

“Neues Leben”が献呈されたのはザクセン=コーブルク=ゴータ公エルンスト2世(1818〜1893)

シュトラウス2世がアデーレ※と正式に再婚しようとした際、オーストリアの法律とカトリック教会が障害になったんだけど
※ 3番目の妻
  最初の妻ヘンリエッテとは1878年4月に死別し
  2番目の妻アンゲリカとは1882年に破局
  でも
  すぐにアデーレとの交際が始まり事実上の夫婦関係に*
  *法律上の妻はアンゲリカのまま
  因みに
  アデーレの旧姓もシュトラウスだけどシュトラウス2世
  との間に血縁関係は無し

プロテスタントに改宗し、1887年1月にザクセン=コーブルク=ゴータ※の国籍を取得して
※ 10番

同年8月、アデーレとの“新生活”を晴れてスタートさせることが出来たんだ

なんか暗示的だね

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 メルマガでご紹介したのはアルフレート・ヴァルター指揮スロヴァキア国立コシツェ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏です。
 NAXOSには他にヘルマン・ブロイヤー指揮チューリンゲン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏(NML番号ES2031の5番)などがあります。
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シュトラウス2世がアデーレとの結婚の手続きのために通ったであろうコーブルク市庁舎今の様子です。
Google Earthが使える人は“Coburg Germany”へ“ジャンプ”するとコーブルクの衛星写真などを見られます。

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